バーチャル山中家

インターネット上にある我が家です。他愛もない事を書いています。

パパ日記/その15 こばと保育園の夏祭りに行きました。

パパ日記/その15 こばと保育園の夏祭りに行きました。20020810

またもや1年も更新していないという事実

この日は一緒に仕事をしている担当者が1人夏休み中だったんだけど、何とか平和に終われたので、急いで会社を出た。

嫁さんと合流し、保育園へ直行。
嫁さんが娘を浴衣に着替えさせている間に、パパは家に車を置きに帰る。
家からは地下鉄で1駅なので、とりあえず地下鉄で保育園に戻る。

写真は焼きそばを食べる娘。
生意気にお箸で食べている。
この後、金魚すくいなどもして、パパが車を取りにいき、3人で「ザめしや」に。

さて、去年の8月から、結局パパ日記になにも書かなかったわけだけれど、なぜだろうと考えて見た。

考えると、もう娘も4歳と9ヶ月。
すっかり大きくなり、どうも「子育て」というのが特別なことでなく、日常の普通のことになったということかな。

特にパパ日記に書こうという内容がなく、どちらかというと居間的な内容や、日記的な内容が増えている(というかシフトしている)ように思う。

それじゃ寂しいので、今回はパパ日記に書いて見た。
でも、やっぱり次回からは居間や日記に書いていきます。
というわけで、おきらくパパ日記は、これにておしまい。

パパ日記/その14 お久しぶりです。

気がついたら2年以上更新していなかったの巻

今日(2001年8月15日)、世間ではお盆ということだが、それとは無関係に有給休暇をもらった。

世の中の共稼ぎで就学前の子供がいる家庭の場合、子供は保育園に行くのが普通である。
ところが、保育園にも夏休みという概念があり、毎年このお盆のあたりに平日に3日も保育園の無い日があるのだ。

今年は、1日を私の実家が、残る2日を嫁さんが休んで担当することになった。
ちなみに山中家は、そのものが共稼ぎなだけでなく、両実家も共稼ぎという、スーパー共稼ぎ一族(笑)なのだ。
(ちなみに稼ぎ自身はスーパーではない)

さて、3日のうち2日も一日中娘の相手をしていると、きっと肉体的にも精神的にも疲労困ぱいするだろうと思い、今日の休みをとる決意をした。
久しぶりに家族でゆったりと過ごして、大満足だ。
というわけで、また、ぼちぼちパパ日記、再開します。

パパ日記/その13 一坪の幸せ

引越ししようとして気づいたこと

居間にも書いたが、山中家では引越しをしようと思っている。
つまり、現在の家を売却し、新規に家を購入しようとしている。

その時にふと思ったのだが、今の家でも別に狭いとか不便とかいうことは、さしてない。
しいていえば、「古い」のと、「減税」と、「将来の小学校が遠い」ということくらいか。

「古い」という問題は、新しい家を買い引っ越すか、現在の家を壊して建て直すしかない。
「将来の小学校が遠い」という問題は、なんと!親が選挙に行くのも嫌になるくらいなので、子供の歩く距離ではないような気がする。
「減税」は、まあ時期のものなので、省略。

さて山中家は、平日の昼間は親子そろって出かけており留守。
さらに平日の夜や休日でも、親子3人が畳1枚から2枚の面積にひしめき合っていることが多く、非常にもったいない家の使い方である。

そんな山中家が、どうして「家が狭い」などと言えようか・・・

きっと新しい家でも、ひしめき合って生きていくに違いない。

パパ日記/その12 最近のパパとかえでの関係

父親の育児参加について

最近SAMも言っているが、「子育てをしない父親は父親でない」そうだ。
他の家の父親は知らないが、自分の父親ならわかる。
それと比べてみると、自分は育児には参加しているほうだとは思う。

しかし、家事は別にして、子育てって言ってもいろいろある。
仕事をする父親として、その背中を見せるというのも子育てだと思うし、せっせと家族サービスするのも子育てだよね。

私は、極力直接的な育児(間接的に父親像を見せるとかではなく)をしようと思っている。
それは、うちが共稼ぎだからというのもある。
つまり、母親が一部父親の役目を分担しているのだから、父親も母親の役目を一部分担するべきだと思うからだ。

しかし、やはり母親は母親であり、父親は父親だと思う部分もある。
それは、なにか機嫌が悪かったり、眠かったりすると、必ず「ママー」といって母親のところに行ってしまう娘を見たときだ。

まあ、それは仕方ないと思うが、なるべく家族全員が楽しく暮らせるようにしたいものだ。

パパ日記/その11 かえではもうすぐ8ヶ月

パパであることについて

かえでは、今月24日で丸8ヶ月である。
家中を這い回り、つかまっては立ち上がり、物をちらかしてまわっている。

さて、りかがそろそろ何か書けというので、すこし父親としての感想を書いてみたい。

子供というのは、親が望んでも望まなくても育っていく。
いつのまにか寝返るようになり、はうようになり、立ち上がるようになる。
そのうち理解できる言葉を発するようになり、気がつけば結婚相手を家に連れてくるのだ。

さて、私はというと、現在子供の成長についていけていないのではないかと思うことがある。
「こういう時は、こう対応しよう。」 と準備をする前に、「そういう時」 がきてしまう。
例えば、「口に入れたらまずいものは、手の届かないところに移そう」 と思っても、移す前に、立ち上がったかえではそれを手に持ち、まさに口に入れようとしている。

そういう時、事前に対応しておかなかった自分に対し腹を立て、それを娘にぶつけてしまう。
娘にとっては、いい迷惑である。
まだ、事の善悪も分からないのに、ただ怒られるのは釈然としないだろう。
そんな時、「自分は子供が好きだと思っていたが、本当は嫌いなのかも・・・」 とも思う。

でも、子供はかわいい。
自分の娘だから、余計にかわいい。
とにかく、子供に接するときには、決して感情的になってはいけないと思う。
でも、怒るときには怒らないといけないし・・・

「人の親になるということは、こういう事なんだ。」 と、ひしひしと感じている今日このごろである。

パパ日記/その10 かえでと2人きりの夜

子育てについて

先月、りかの看護学生時代の同期で最初の職場の同僚でもあるあゆみさん(仮名)が、3月末で退職し長野へ帰るということで送別会をやるということになった。
あゆみさん(仮名)は、りかの一番のなかよしさんであり、りかも参加するよう勧めた。
りかは、子守りが心配でしぶっていたが、大丈夫だからと説得して送り出した。

さて、6時半頃りかが出かけてからは、かえでと2人きりである。
かえで、生後4ヶ月にして初めてで最大のピンチ(笑)である。
まあ、私はおむつも替えられるしミルクもやれるので、楽観的に構えていた。
7時になって、おなかが空いてきたようだったので、ミルクを作って飲ませた。
機嫌良く飲んでくれたので、「なぁんだ、だいじょうぶやん」 と、ますます楽観的に考えていた。

ところが、しばらく遊んでから、かえではうとうと。
とうとう寝てしまった。
一人でテレビを見る。
出張以外で一人テレビを見る夜なんて、りかの出産直後以来である。

さて、問題はここから。
9時ごろ起きたかえでは、とにかく泣く。泣く。泣く。
抱いても、あやしても、おむつを替えても泣く。
7時に200ccをほぼ一気のみしているので、おなかは空いていないと思うのだが、泣く。

こうして、11時半頃までの2時間半。
アクセル全開で泣きつづけたかえでは、声がかすれていた。
後で思えば、おしゃぶりやジュースなど、もっと試すものはあったのだが、ほんと一人で子守りをするのは大変である。
行き詰まっても判断に困っても、相談する相手がいない。
いるのはまだしゃべれない赤ん坊だけである。

そうこうしているうちに、りかが帰ってきた。
ミルクをやって、かえでは何事もなかったように寝てしまう。
うーん、母は強し。

最初から大変な子守りではあったが、次の機会にはうまくやってみせると、今から意気込んでいる。
しかし、毎日やっているりかには、頭が下がる思いでいっぱいである。
ありがとうね。
たまには息抜きしてね。

パパ日記/その09 子供ができたということ

これからの山中家について

子供ができたということは、どういうことだろう。
今までは、夫婦2人が合意すれば何をしてもよかったが、今後はそういうわけにはいかなくなる。
残業や休日出勤をすれば、それだけ育児の負担が1人にかかることになる。
雰囲気も値段の内というようなレストランで食事をしようと思うと、子供を連れていくのはどうかと思う。

そういった意味では、子供は親に負担を強いる。

しかし、子供は勝手にできるものではない。
それこそ夫婦2人が合意してできたもののはずである。
今までは漠然としか考えていなかった将来のことが、だんだん現実味を帯びてくる。

例えば、山中家は小学校の学区で一番端っこにある。
あと6年もすればいやでもかえでは小学生になる。
バス停で2つはありそうな距離を通うことになる。
また、保育園は迎えにいくまで預かってくれるところを選べばいいが、小学校はそうではない。
放課後になれば帰ってくる。
ホームページには子供部屋があるが、実際の家で子供部屋とするスペースが実はない・・とか。

まあ、とにかく、がんばって働くのが一番かなぁ。
今は・・・

パパ日記/その08 かえで誕生

出産時の父親について

出産は、突然やってくる。
21日の検診で、帝王切開の可能性があることを聞いた話は、以前に書いている通りである。
その話を聞いて、「これは、出産日が決まって、かえってありがたいじゃないか。」 と思った。
まあ、おなかを切られる立場から考えればそうでもないのだろうが、父親としてはそんなものだと思う。

そうして、22~24日の3連休に突入した。
22,23はあまり出かけず、ぶらぶらしていたが、結婚記念日である27日はすでに入院後であるので、ここはごちそうでも食べに行こうと考えた。
そこで、23日の夜TVを見ながら、24日にはお寿司を食べに行こうかということになった。

24日の0時ごろには布団に入り、結構何事もなくぐっすりと寝た。
しかし3時半頃になり、りかがごそごそしているので目を覚ますと、どうもおなかが痛いらしい。
しかも、若干出血していて、病院に電話したところ 「来なさい」 ということになったらしい。

着替えもせず、車で病院までいった。
痛みは間隔をおいて、りかを襲っているようだ。
しばらく、陣痛と胎児の心拍を計る機械をつけて、様子を見ることとなった。
ちょうどその日の当直医師は、いつも検診をしてもらっているT井先生で、話ははやい。

「うまく胎児が降りてくれば自然分娩、降りてこなければ帝王切開。しばらく様子を見ます。」

そんな説明を受けて、機械での計測が続く・・・

計測もおわり診察もして (だと思う)、陣痛室へ移ることとなった。
定期的にりかを襲う陣痛。
通常、だんなはすることがないと思っていたが、陣痛室で妊婦の腰をさすったりして痛みをやわらげるなどの仕事がある。
また、陣痛室に入ってしまうと、動ける人間はだんなだけということで、実家関係への連絡や、出迎え、その他結構仕事はあるのだとわかった。
そうして、6時になり、双方の実家へ連絡、7時頃にはりかの両親も到着し、陣痛室での介助はりかの母にまかせて、りかの父と私は一時退散した。

私は自分の実家に戻り、しばらく仮眠をとった。
気が張っていてたいして眠くはなかったが、気がつくと寝ていた。
10時ごろ電話があり、あと1時間で産まれそうとのこと。

あわてて病院へ駆けつける。
10時30分、病院に到着。
りかの母も陣痛室から戻っており、2人待合室でその時を待つ。

10時40分、無事出産。
だんなとしては、このころから 「そわそわ」 しはじめる。
10時50分、胎児と面会。
2980gの女の子。
五体満足に産まれてきてほっとした。
髪の毛はふさふさしており、めをパッチリあけてキョロキョロしている。
その後しばらくして、りかとも面会。
喜びをわかちあい、しかし我に返ったように病院生活で足りないものをメモ。
この後、一旦実家に帰り、しばらくほっこりする。

夕方には、双方の両親、私の弟もかえでを見に病院へ。
わいわいやっているうちに、面会時間は終了。

さて、りかの居ない家にひとり。
ひととおりのTVを見ながら、だんだん実感が増していく。
今までほとんど家では飲まない私だが、モルツとビーフジャーキーで祝杯をあげた。

こうして、見習いパパは、長い一日を終え、無事見習い卒業と相成りました。
今後とも、りか、かえでともども、よろしくお願いします。

パパ日記/その07 やっと産まれそう

待ちに待った赤ちゃんが、やっと産まれそうである。
予定日を1日過ぎて受けた診察では、ちょっと股から産むのは難しいとのこと。
つまり、腹から産むことになりそうだというのである。
原因は、骨盤にくらべて胎児の頭が大きいためだが、これはひとえに私に似ているからなのだろう。
複雑な心境である。

私は医学的な知識は乏しい為、帝王切開というものがどのくらいのリスクを伴う手術なのかはわからない。
しかし、大きな胎児が産道でひっかかり、時間がかかってしまって、問題が発生することもあるというので、そのリスクよりは帝王切開の方がいいような気がしている。
今の予定では、28日に手術=出産ということなので、年休をとって、廊下でうろうろしてみようと思う (^.^)

こうして、帝王切開と決まってしまうと、出産予定日がかなり確定的になるので、逆に心の準備はしやすい。
また、待ち遠しいのも事実である。

パパ日記/その06 フリーマーケットでベビーカーをゲット

19971012 ベビーカーをゲット

10月12日は、居間でも書いたように、地下鉄東西線の開業である。
この開業に合わせて、椥辻駅の出たところにある山科区役所前にて、イベントが行われた。
そのイベントの一つであるフリーマーケットにて、A型ベビーカーをゲットすることができた。

売り手のお姉さんは、さすがに経験者なので、子供用の衣類を、経験談を交えながら薦めてくれる。
しかし、マタニティ日記/その14 リサイクル大作戦!でも書いているように、りかの友人 J さんから の用品・衣類は大量にあるため、今回はベビーカーと枕など、無い物の補充という形をとった。

これで、ほぼ必要なものはそろったので、あとは出産を待つばかり。
来月の今ごろからは、いつ生まれてもおかしくない状態になるため、せっせと入院の準備などを進めているところである。